2014/01/06

映像配信サービス

U-next

今登録すると、ポイントがつくとのことで、登録してみました。2週間で解約しないと月額1990円かかりますよ?、といういつものやつですが、解約はWEB上で可能だし、3ステップぐらいで終了するので、

・解約は電話のみ
・解約のための電話番号は、トップページから7階層ぐらい辿らないと分からないような、常人には見つけることすら困難なところに配置

という、クレジットカードや携帯電話キャリアやWimaxキャリアなどの、悪意に溢れかえった販促にくらべれば、非常に良心的です。本当に「一回試してみてよ、ねッ」ということなんだと思う。

で、肝心のコンテンツですが、そこそこのものがそこそこ揃っている、という感じです。Fuluに比べると、本数はかなり少なめですが、よく見そうなものをセレクションしている感じはします。

ただ、月額2000円、という値段。微妙というか、WowWow入るくらいならこっちがいいかなー、と思わないでも無いけど、DVDレンタルでいいんじゃない?という気もしないでもない。とくにペイ・パー・ビューの価格設定は、大体新作420円、旧作210円、と他の動画配信サービスとほぼ同じ値段。故に、やっぱり心理価格的にちょっと高い。冷静に考えると、400円ぐらいいいじゃん、と思うのだが、実際にポイントがモリモリ減っていくところを見ると、420円は420円以上の心理コストがあるように思う。新作が300円切ってきて、旧作が100~130円ぐらいの設定だと、TSUTAYAには行かなくなるかもしれない。ちなみに画質は結構良いです。

しかし、このサービスは、映画館にも使えるポイントが毎月630円分付くので、映画好きで、ツキイチぐらいで映画館にも行くし、土日は家でも映画見るよ、的な人は良い値段設定かもしれない。というか映画館の価格設定高すぎじゃないですかね。変動価格にして、もう少し空席率を下げる取り組みとかできないもんでしょうか。

と、ここまで書いてみて思ったのですが、この手の映像配信サービスは、ターゲットの可処分時間をどうやって奪うか、ということだと思うのですが、敵は誰なんでしょうね、、と考えると人によってかなり違いますね。だから、いろいろなデバイスで再生可能です、というのは必須なのでしょうね。テレビやスマートフォン、PC、タブレットに割いている時間を奪えるか、という勝負なんでしょう。

2013/12/20

自戒とバランス

少し早く帰ってきました。少し思い悩みがあったので。

 最近、自分が天狗になっていると感じています。チョーシに乗っています。 数カ月前に「自分の本棚を見ると、自分が如何に何も知らないのかを思い知らされる」 と述べたことがありますが、もう忘れています。人=私は嫌なことから目を逸らして生きてくのでしょうか。


平均以下効果という認知バイアスがあります。 「みんな自分より能力が高い」というバイアスです。
どうにも扱いの難しい「自信」の取り扱いですが、Harvard Business Reviewに載った2番目の記事では、自信のない人のほうが、より成功する、という説を唱えていて、このメディア上ではコメント欄が200近くに達して軽く炎上しています(笑)。

(中略) "自分への自信は低い時に限って助けになる。" とのこと。ただ、extremely low (極端に低すぎる) のはダメ、とのことで、その案配がどうにも難しいところなのですが。 先のクルーガーの「平均以下効果」が発揮されているような自信のない人のほうが、自信満々の人よりも成功する要因は、以下の3点にあるとのこと。

1.Lower self-confidence makes you pay attention to negative feedback and be self-critical 低い自信はネガティブなフィードバックへの傾聴を促し、自分自身に対して批判的になれる

2.Lower self-confidence can motivate you to work harder and prepare more 低い自信はさらなる勤労・勉強と、さらなる準備に向けたモチベーションを起こさせる

3.Lower self-confidence reduces the chances of coming across as arrogant or being deluded 低い自信は傲慢になったり勘違いしたりといった傾向を減らしてくれる

反対にダニングクルーガー効果というバイアスもあります。こっちは、「みんな自分より能力が低い」です。

これは、コーネル大学の2人の研究者の実験による理論として1999年に発表されたもので、「知識の少ない人間が、もっと知識の多い人々より自分の方が物事をよく知っていると思い込む」現象のことです。
実験に当たって彼らが立てた仮説は以下の4つで、結果的にそれらがほぼ証明されたのです。

無能な人々は、自分のスキルのレベルを過大評価する傾向がある。
無能な人々は、他者が持っているスキルを正しく認識できない。
無能な人々は、自分の無能さがどれほどのものかを認識できない。
こうした人々も、本質的にスキルが向上するような訓練を施されれば、それまでのスキル不足に気づき、それを認めることができる。
いずれも、能力に対する認知バイアスです。

 ####
私は天狗になっているわけですから、ダニエルクルーガー効果が現れていると考えています。 しかし、この考え方は、結果と原因が逆転するので、気づきます。 この認知バイアスは、原因と結果がスパイラルする構造である、ということです。

 天狗になるというのは、とても危険です。 どんどん、少なくとも非線形的にアホになっていきます。超やばいです。

今私の部屋の本棚には本がありません。代わりにM645だのGlock17だののオモチャがノッています。 これは私が天狗になっているトリガの一つだと思っていますが、本質は別のところにあると考えています。

結論から言うと、「MPが減っているから」と思います。

MPはマジックポイントではなく、メンタルポイントです。

精神力、あるいはSAN値と等価だと思います。
俗に言う「モルダー、あなた疲れているのよ・・・」というやつです。
ち、違うんだ!これは何か政府の陰謀が裏にあるんだ、的な。

 他の方はどうかはわかりませんが、私のMax MPはそれほど大きくありません。
 また、MPは、私が何か行動を起こすたびに、基本的に消費される、代謝に近いリソースです。 リソースである以上、減ったら回復させなければなりません。

私の通常運行時は、一晩寝たらMaxMPの15%ぐらいは回復するので、一週間ほどお花畑に行けばほぼ全回復します。

逆に、一週間ほどMPを削られるような、難儀な仕事なり作業をすると、あっという間に黄色信号が点灯します。

仕事の中でも、クレーム対応は、とてもMP消費量が大きい仕事です。放っておくと私は腐ります。

最近は、MPが減るような業務は、如何にMPを回復させるか、あるいはMPの減少量を如何に少なくするか、というマネジメントが大変重要であることに気づきました。

この文章を書く という行為も、MP回復手段です。私は文系に憧れています。

 しばらくは、回復手段探しをやろうと思います。 人をバカにしていても、特にどのポイントも増加しないし、経験値も増えませんしね。

2012/09/10

人生のフラグ

「人生はクソゲーだなー」、という人には、じゃあ面白くなるようにコーディングすればいーんじゃねー、と言いたい。ある程度、自身の介入が可能なゲームですよ、人生。まぁ、クソゲーの山から良ゲーが生まれることもあるし、社会全体としては釣り合いがとれているのかも。

さて。

ふと自分の人生について、ちょっと考えてみた。仕事が煮詰まって現実逃避バックグラウンド処理が自動的に走っている結果だと思うけど、まぁ、それは気にしない。

僕は、ハタから見ると完全な理系バリバリの技術者系人生を歩んでいると思う。自身では自分をどうやっても技術者とは思えないのだけど、まー、それは置いておくとしても、理科的な世界は好きで数寄で仕方が無いのも事実。もうね、宇宙とか量子とか超スゲーと思うのね。ボルツマンとか聞くとワクワクするよね。するでしょう?ネジとか旋盤とかフライス盤も好き。オシロスコープ買って、自宅のあらゆる電子製品の波形とか見たいよね。突入電流とか。超見たいよね。今もヤフオクをチェックしては、あんなクソ重たい計測器をどうするんだ?バカじゃないのか?とも思うのね。

で、人生には分岐点というか、まぁフラグがありますよね。で、私に理系フラグが、バチコーンと建ったのは、多分6歳ぐらいのときです。

ウチの父さまは、なんというか、オモチャの類、テレビ、マンガなどなどを買い与えてはならないという主義の人でしてね。で、そこは6歳な訳で、まぁ、ヒマでヒマでね。宿題とか、ほら、すぐ終わっちゃうし。まー、父様が当時購入していた少年ジャンプとヤングジャンプは隠れて読んでいましたが。

ほんでもね、オモチャ欲しいじゃないですか。5歳ですよ5歳。で、親戚のケンちゃんが壊して使えなくなったオモチャとかもらってたのね。キン消しは、当時キン肉マンがあまり好きじゃなくなったので、持ってませんでした。アシュラマンの目がキラキラしていたのを見て冷めた。

で、もらった壊れたオモチャの中に、やたらとデカイピコピコ系潜水艦ゲームがありましてね。当時、僕はそれを直そうと思ったんですね。

はい。フラグ来ましたね。

そのゲーム機を分解して、もういっかい組み立てて、また分解して、色々弄って、もう一回組み立てて、動作テストしてみて、、を延々繰り返したんですね。もうね、楽しくて楽しくて。なんで、電池で動くんだろう、ダイオードが光るんだろう?どうして、このツマミを回すと、自機が移動するんだろう?どうして?なんで?うわ、動いた、スゲーなにこれ。ヤダ、楽しい。

以降、私は、壊れた電化製品をバラしては戻す、ということを繰り返しました。

好奇心(何故?)、コレを動かしてみよう(試行錯誤)、あー、コレはこのスイッチになっているのか!(帰納的理解)、じゃあ、コッチの回路に電池をつないでみよう(仮説)、うへぇ、バチッって言った!(仮説検証)

幼少期のこの一連の仮説検証の体験は、私に本能的に「すべてのモノには仕組みがある」と理解させませした。すべてのモノには、その本質を探求するに値する価値がある、だって、こんなに楽しいもん!、と意味もなく思えたのです。

これは、大きなフラグでした。

あとは、フラグ通りの人生を歩んでいるような感じです。この世界は、知っても知っても、知らない事だらけで、わからない事だらけで、障害だらけ。でも、いつか到達できる、という確信を持てるのは、この幼少期の原体験があるからとおもいます。

ヒマと壊れたオモチャでフラグを立ててくれた父様には、少しだけ感謝しています。